健康経営の市場規模が拡大傾向。注目の施策とは?
近年、安定した企業経営を目指すために、従業員の健康管理をサポートする「健康経営」への関心が世間で高まっています。
従業員の健康管理は、従業員本人のみならず、企業の生産性向上や人材確保の面においても欠かせない課題のひとつとして確立されつつあるようです。
健康経営は、働き方改革の課題である人手不足や長時間労働、メンタルヘルス不調などを根本から改善する重要な取り組みです。
経営優良法人制度をはじめ、健康経営を推進する認定制度や支援制度の活性化が進んでいるように、健康経営の市場規模は拡大の一途をたどっています。
本記事では、健康経営の市場規模と注目の施策について解説します。
目次[非表示]
健康経営は年々拡大する市場との声も
従業員の健康維持は、生産性向上や人員確保にとって欠かせない要素であるため、健康経営に関する市場はさらなる拡大が予想されます。
健康経営の目的
健康経営とは、「従業員の健康こそが収益性の高い会社を作る」といった考え方から生まれた経営手法です。
働きやすい職場環境を整えるとともに、個人のライフステージに合わせた働き方や、心身の健康管理ができる環境づくりへの取り組みを表します。
健康経営に関わる支出を、将来的な発展や利益向上のための「投資」と考え、経営的視点で実践して企業収益を高めることが目的です。
経済産業省の発表によると、従業員の心身の不調は生産性の低下につながるとされており、多くの企業において長時間労働やメンタルヘルス不調に対する問題意識が高まっています。
実際に、経済産業研究所のチームが従業員規模100人以上の451企業に対してメンタルヘルスの不調による業績への影響を検証したところ、メンタルヘルス不調による休職者比率が上昇している企業は、それ以外の企業に比べて利益率の下落が大きいことが分かりました。
(出典:経済産業省「健康経営の推進について」)
従業員の健康維持に取り組むことによって、労働生産性の向上や業績に大きく関わるだけでなく、企業のイメージアップや医療費の削減、離職者の減少といった付随するリターンも大きいとされています。
また、世間から「従業員を大切にする会社」と認知されることによって、採用活動や定着率改善への効果も期待が持てます。
なぜ健康経営が注目されているのか
心身の健康を支援することで従業員の労働意欲を高め、そしてそれが離職防止や人材確保につながり、ひいては生産性の向上へとつながります。
健康経営が企業にとって必要とされる背景には、主に二つの要因が挙げられます。
①ワークライフバランス思考のワークスタイル
一つ目は、「ワークライフバランス」という考え方の普及です。ワークライフバランスとは、仕事と、趣味や休養、育児、介護といったプライベートをバランス良く両立して、充実した生活を送るための働き方を指します。
女性や高齢者の労働参加が活発な現代では、時代に合わせて働き方も多様化しています。「育児と仕事を両立したい」という人もいれば、「趣味に使う時間が欲しい」「もっとたくさん働きたい」という人もいるように、それぞれのライフスタイルによって求めるものへの比重が変化しました。
ワークライフバランスが目的とするのは、多様化する働き方に適した職場環境をつくり、従業員の生活満足度を高めることです。職務を果たすだけではなく、プライベートの充実に目を向けることで、結果的に仕事への意欲向上につながるとされています。
ワークライフバランスの実現を目指すためには、企業が従業員一人ひとりのニーズを把握し、仕事とプライベートを上手く調和できるような環境の構築が重要といえるでしょう。
健康経営は、ワークライフバランス実現のためには欠かせません。従業員がいきいきと働ける環境を整えることで、従業員の生活が豊かになるほか、企業にとっても良い効果が期待できます。
②人手不足の深刻化
二つ目は、人口減少による「人手不足の深刻化」が挙げられます。
国立社会保障・人口問題研究所の人口推計によると、生産年齢(15歳~64歳)の人口は、1995年の国勢調査で8,726万人だったのに対し、2015年には7.728万人と減少傾向です。今後の推計では、将来の生産年齢人口は、2056年に5,000万人を割り、2065年には4,529万人にまで減少すると推測されています。
(出典:人口問題研究資料第336号「日本の将来推計人口」)
人口減少に伴い企業の人手不足問題が色濃くなるなか、重要になるのは「従業員一人ひとりの生産性の向上」です。
従業員の健康に配慮する健康経営は、生産性向上に向けたひとつの糸口となるでしょう。
医療・健康に関する福利厚生費が増加している
健康経営が企業にとっての経営指針のひとつとされる理由には、医療費の増加が挙げられます。
医療費の増加に伴って健康保険料が上昇したことにより、企業の負担額が増加しています。
企業の保険料負担を減らすためには、従業員の健康維持に対する積極的な取り組みが必要といえます。
健康保険組合では、健康づくりや病気予防を強化するうえで医療費を適正に定める必要がありますが、そのためには、企業が従業員の健康課題を明確にして、従業員が自主的に健康維持に取り組める環境を整えることが求められています。
企業にとって健康経営は、医療費の適正化や負担額を減らすためにも重要な取り組みです。将来の収益に向けた投資として取り組む課題のひとつといえるでしょう。
(出典:経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課「企業の「健康経営」ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~(改訂第1版)」)
健康経営は政府も推進している
少子高齢化による人手不足に対応するには、従業員の健康維持が重要と考えられており、政府や自治体は働き方改革の一環として健康経営を推進しています。
健康経営優良法人制度
健康経営促進に向けた取り組みとして、「健康経営優良法人制度」という認定制度を経済産業省で始めています。
健康経営に力を入れている優良企業を「見える化」するために始まった制度で、2019年は大企業と中小企業合わせて3,323もの法人が認定を受けました。初年度の2017年には330法人だったのに対し、この2年間で約10倍もの企業が認定を受けていることになります。
(出典:経済産業省「「健康経営優良法人2019」認定法人が認定されました!」)
健康経営優良法人制度の目的は、企業に対し「従業員の健康に配慮している会社」という社会的評価をもたらすことです。健康経営優良法人の認定を受けると企業のイメージアップにつながり、採用活動への効果も期待できます。
そのほか、健康経営を取り組む企業に対し、特別金利で融資を行うといった金融機関も増えているようです。
従業員の健康維持に取り組むことは、多方面からのリターンが大きいということがわかります。
自治体と連携した健康経営顕彰制度の拡大
健康経営推進の動きは、政府だけでなく各地域の自治体や民間組織が参画するなど活発化しています。
これらの施策が将来的な目標として掲げているのは、健康経営の実現によって創出されるヘルスケア産業の構築です。健康経営に向けた新たなサービスの参入や、企業の健康経営をマネジメントする主体によって、より効率的な事業展開が拡大していくと期待されています。
2016年におけるヘルスケア産業(公的医療保険・介護保険は含まない)の市場規模は約25兆円でしたが、2025年には約33兆円と、さらなる市場拡大が予測されています。
(出典:経済産業省「健康経営の推進について」)
どのような施策が注目されているのか?
従業員の健康管理を戦略的に実践するためには、まず従業員の健康状態や抱える不安を知ることが大切だといえます。
そして、健康経営を企業理念として考えるとともに、どのような方法で実践していくのか、組織体制づくりや行動方針についての具体化が重要となるでしょう。
ここでは、健康経営の取り組みに役立ちそうな施策を三つ紹介します。
ストレスチェック
メンタルヘルス不調をはじめ、労働による健康被害の防止策として、労働者の安全と健康確保、対策を目的とした「労働安全衛生法」という法律があります。
労働安全衛生法では、50人以上の従業員を抱える事業者に対し、常時使用する従業員への「ストレスチェック」の実施を義務化しています。(従業員数が50人未満の企業は努力義務)
ストレスチェックは、従業員自身に、仕事へのストレスを感じていないか気付きを促し、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことのほか、職場環境の改善が目的です。
受診の結果、ストレスが高いとされる従業員には、医師への面接指導を勧めるとともに、企業はこの受診結果を職場環境の改善に活かすことが求められています。
ストレスを感じている従業員が特定の部署に集中していないか、男女や年齢によって差異はないかなど、ストレスの内容や特定の集団によるストレスの感じ方を分析することで、健康経営に向けた具体的な施策を講じられます。
(出典:厚生労働省「改正労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度について」)
睡眠改善
健康経営の取り組みのひとつとして、睡眠の改善が挙げられます。
健康機器メーカーの株式会社富士医療器が実施した、20歳以上の男女4303名を対象に行った「睡眠に関する調査」の結果、睡眠に不満がある人は全体の92.6%を占めていることがわかりました。
そのなかで最も多かった回答は、「寝ても疲れが取れない(19.30%)」、次いで「何度か目が覚める(15.00%)」「朝すっきり起きられない(11.10%)」となっており、睡眠時間よりも質に対して不満を感じていることが明らかになっています。
さらに同調査で、睡眠に不満がある原因について質問をしたところ、最も回答が多かったのは「ストレス」で、全体の52.8%を占めました。
(出典:株式会社フジ医療器「第五回睡眠に関する調査」)
睡眠不足による心身の不調へのリスクを軽減するためには、過度なストレスを与えない環境づくりや充分な睡眠時間を確保できる勤務体制などが必要となるでしょう。
睡眠の改善におけるニーズは、年々強まる傾向にあります。睡眠の質を高めるベッドや枕、マッサージなど、睡眠不足の解消を目的とした機能性寝具の市場規模は、2016年時点で1,500億円と言われており、今後も拡大が予測されています。
(出典:経済産業省「次世代ヘルスケア産業協議会の今後の方向性について」)
食事改善
健康な体づくりには、食習慣の改善が大切です。
健康経営に対する取り組みは企業によってさまざまですが、なかでも効果を実感しやすい施策として挙げられるのが「食習慣の改善」ではないでしょうか。
食習慣改善のための施策例としては、栄養士による食堂メニュー考案や弁当の配達販売、朝食の無料提供などが挙げられます。
飲食に関わる施策は利用頻度の高さが期待できるほか、多くの従業員にアプローチしやすいというメリットがあります。
花王株式会社の社員食堂では、和食が持つ太りにくさに着目し、2014年から「スマート和食」という昼食提供サービスを開始しました。しっかり食べても体に優しい食事を従業員に提供し、内臓脂肪をためさせないことを目的とした取り組みです。
三か月のモニター実験結果では、スマート和食を食べる頻度が多い社員ほど、内臓脂肪を下げることに成功したと発表されています。
(出典:ウーマンエキサイト「花王、しっかり食べても太りにくい「スマート和食」を提唱 情報サイトもスタート」)
食習慣の改善に向けた取り組みで大切なのは、従業員に浸透しやすいサービスを選ぶことといえるでしょう。
また、食習慣改善の環境を提供するほか、健康診断を行うなどして、各従業員に健康目標を立ててもらうことも健康管理方法のひとつです。
まとめ
従業員の健康管理は、生産性の向上や人材確保へ向けた重要な取り組みです。労働人口の減少や働き方の多様化が進むなか、より多くの労働力を生み出すためには、ワークライフバランスに重点を置いた経営戦略も手段のひとつといえるでしょう。
健康経営は、ワークライフバランスに欠かせない施策であり、政府や自治体など、さまざまな組織が導入を推奨しています。心身の不調を予防することは離職防止につながり、健康増進は生産性とモチベーションの向上につながります。
健康経営を実践するためには、まず健康診断で自社の健康課題を把握し、組織全体でどのように取り組むのか、目標を立てることから始めると良いかもしれません。
食堂の設置といった食への取り組みのほか、ストレスチェックやカウンセリングといった心のケアなど、従業員への健康サポートに役立つさまざまなサービスが各社から提供されています。
サービス導入の際には、政府の「健康経営ガイドブッグ」や他社の導入例などを参考にしてみるのも良い方法でしょう。